正確な日本地図を作った男 伊能忠敬

日本地図が初めて作られたのは、奈良時代の僧侶、行基が作成した行基図だと言われている。行基図自体は存在するものの行基が作成したかどうかは諸説ある。ただ初めて作られた日本地図が交通地図や、徴収すべき米の量を把握するために稲田の面積を記載して利用されていたのは事実だ。

その後、歴史の教科書でもおなじみの伊能忠敬が当時としては正確な日本地図を作成することになる。始まりの地は、門前仲町。

伊能忠敬像 富岡八幡宮

伊能忠敬が日本地図を作成し始めたのは、隠居生活が始まってからだ。江戸幕府から北海道の防衛のため地図作成の依頼があり、当時住んでいた門前仲町から北海道にかけて海岸線の地図作成を行った。出発前は富岡八幡宮に参拝したことから、富岡八幡宮には写真の様に、伊能忠敬像がある。

伊能忠敬が地図を完成させるために17年もの歳月をかけた。地球1週分も歩いたと言われる。幾度となく測量計画を立て、実行に移し作り上げた日本地図。2010年には国宝に指定された地図作成の事業を考えると伊能忠敬が作り上げたものの偉大さが今も伝わってくる。